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2012年11月19日

ランダのことなど









ちょっとまだ、まとまってなくって、検証中なのだけれども。
ごちゃごちゃしてきて、自分でもよく解んなくなっちゃってるので、整理整頓の意味で、ちょっと書いてみます。

まず、グヌンカウイで、号泣しちゃったことで。
いろいろ調べてみたなのですよ、この遺跡のこと。

で、他の件でもそうなのですが。
元々情報が少ないのと、同じ情報をみんなコピーして使ってるので、いくら検索してみても、一方的な記事しかなかったり、適当に改ざんされてたりで、なかなか、私にきたイメージと、一致しなかったりで、難航してるのですが。笑

とりあえず、このグヌンカウイという遺跡は、11世紀前半に、バリのワルマデワ王朝6代目のアナック・ウンス王が、建てたとするのが、通説のよう。

で、4代目王が、このアナック・ウンス王の父、ウダヤナ王(この方は、かなり有名で、バリの大学の名前もこの方の名前が由来らしい)で、その妃(アナック・ウンス王の母)は、ジャワのプランバナンを建てたサンジャナ王家・シンドク王(マクサワンサワルダナ)の娘であり、マヘンドラダッタというお名前。

なじみのないカタカナの名前が、次から次へと出てくるので、それを覚えるだけで、一苦労。笑

このウダヤナ王とマヘンドラダッタ妃の長男が、アイルランガ王という、ちょっとした有名人(笑)で。
ジャワの王の娘と結婚して、東ジャワの王となった模様。

そして、ウダヤナ王の死後、次男のマラカタ、次いで、三男のアナック・ウンスが、バリの王位を継いだようなのだけれども。
ここで、なんか、あったみたいなのです。

で、このお母さんのマヘンドラダッタさん。

史実では、ウダヤナ王の亡くなる数年前に死去というデーターもあるようですが。

別の説では、実の息子から、バリの王を殺害したという疑惑によって、魔女と呼ばれ、森に追放された・・という石碑が、ジャワで見つかっている・・という記事もあり。

チャロナラン その2

http://www.k4.dion.ne.jp/~puspa/calonarang2.html

バロンとランダでおなじみのランダと化し、ブキット・ダルマ・ドゥルガ寺院にまつられてるという。

ランダの解説
(婆利島物語: 用語説明2)

http://www.asahi-net.or.jp/~bw5y-nsmr/miyako/vocab02.html#FE

バリにおける魔女の統領。チャロナランとも呼ばれ、伝説ではバリ出身のジャワ王アイルランガの母マヘンドラダッタの変身した姿といわれる。ランダはバリ語で「未亡人」を意味するが、マヘンドラダッタは夫ウダヤナ王に先立って死去しているので、史実と合わない。舞踊では、聖獣バロンの好敵手である。


。。。。。。

で。

いろいろ調べていく中で、一番、気になって、一番行ってみたかったのが、このマヘンドラダッタのお墓と云われてる、クトゥリ村にある、ブキット・ダルマ・ドゥルガ寺院。

グヌンカウイで、泣いちゃった時の心境が、どうも、「母」のような「妻」のような心境で、誤解・もしくは、策略で、魔女と呼ばれ、森に追放された辺りが、どうにも、私の性分チックでもあり、妙に共感しちゃったのですよ。笑

で、写真上が、そのランダさんをまつってる寺院で撮った、一連の写真です。^^

象さんが、門の前にいたり、ボルブドゥールを彷彿させる彫り物があったり、ちょっと他のお寺とは、雰囲気が違ってました。

写真一番下のお馬さん。
なんか、「ああ、覚えてる」みたいな、不思議な感覚。^^

続きます。笑









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Posted by ルリコ at 19:51 │バリのお話し